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2012年3月

2012年3月31日 (土)

未決囚(拘置所にいる人)への支援の必要性

最近,未決囚,つまりは拘置所にいる人たち(留置所にて代用勾留されている人含む)への福祉的支援の必要性を感じています。
これは,障がいのある人等への裁判支援や判決前調査ということではなく,たとえば,所得がないのに何ら支援のないまま執行猶予がついて釈放されるホームレスなどのケースへの支援です。
さらに,自分の肉親や家族に思いや心配をしている被告人や確定死刑囚に対して,肉親や家族への支援を行い,かつ,結果を被告人や確定死刑囚に伝えることで,心の安定から贖罪へと結びつけるような支援です。
贖罪をうながすこと,贖罪しやすい環境をつくることは再犯防止につながるはずです。福祉的支援でそういった環境をつくることが可能ならば,すなわち再犯防止につながります。宗教教誨とはアプローチが異なりますが,贖罪支援といったことは,ソーシャルワークとしても可能なのではないでしょうか?また,確定死刑囚にとっては刑に臨む姿勢に影響すると思います。
ただ,確定死刑囚については,執行してよいのかどうか考えさせられるほどの贖罪意識を持ってほしいですし,そういう気持ちになれる支援が必要です。(ちなみに,死刑を絶対肯定しているのではありません。思想的にもニュートラルです。)
単に被告人への支援を裁判におけるものととらえず。真のニーズ解決ととらえると,違った面が現れてきます。
加害者家族支援の中では,加害者本人と話をすることもあり,そういった意味では家族や肉親を支援することが,ある意味加害者本人のニーズ解決になりましょう。それが,贖罪につながり,刑に服して社会復帰していくことにもつながるのだと思います。もちろん,加害者に障がいがあるかどうかは関係ないことですね。
日本は犯罪率の割には重罪の国。しかし,重罪を課せば犯罪が減るのでしょうか?日本の犯罪率の低さは重罪のせい?そうとは思えません。だって,現に死刑囚や無期懲役囚が犯罪率の低さの割に多いのです。
再犯しない教育というのが大事かと。そういう意味では,死刑になって死にたいからと殺人をする人については,死刑がある限り教育刑はありえないのですね。

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2012年3月30日 (金)

1年8カ月ぶりの死刑執行で考えること~「死刑」という言葉が迫ってくる~

法務省は29日、東京・広島・福岡の3拘置所で3人の死刑を執行したと発表した。小川敏夫法相による初の執行命令で、民主党政権での執行は10年7月の千葉景子法相(当時)下での執行に続いて1年8カ月ぶり2度目。昨年は19年ぶりの「未執行年」となったが、今年は執行が再開された。

執行されたのは、古沢友幸(46)▽上部康明(48)▽松田康敏(44)の各死刑囚。

確定判決などによると、古沢死刑囚は02年7月、離婚を決意して実家に戻っていた当時の妻の拉致を計画。横浜市の実家に侵入し、義父母、妻と前夫の間の長男の3人を刺殺するなどした。

上部死刑囚は99年9月、通行人を無差別に殺害する「通り魔」を計画、レンタカーで山口県下関市のJR下関駅コンコースに突っ込み、7人を次々にはねた。さらに車を降りて階段やホームにいた8人を包丁で襲い、計5人を殺害した。

松田死刑囚は01年11~12月、生活費や遊興費欲しさに宮崎県内の民家に侵入し、女性2人を殺害し、現金やバッグを奪った。

冤罪では絶対なく,執行してもよい時期であるということでしょうか?

かつて三井 環さんが「きれいかった」と本にも書いていたように,多くの確定死刑囚は潔く逝くのでしょうか?

みんながみんなではないと思います。今まで刑場や刑場に行くまでに大暴れしたり,失禁したりという死刑囚は複数いたといわれています。しかし事実はわかりません。

ただ死にのぞむだけでいいのでしょうか?極刑というのは「自らの死をもって償え」ということだけなのでしょうか?刑に臨むときの様子は関係ないのでしょうか?

日本の死刑には検察官や拘置所所長等の関係人が立ち会いますが,アメリカのように報道や被害者遺族などの人たちが立ち会うことはありません。ですから,執行の様子はわからないのです。

日本では鳩山法相の代まではその名前さえ発表されず,さらにそれ以前は執行したことすら発表されなかったのです。

処刑された3人の起こした事件の詳細は下記のHPをご覧ください。

http://www.geocities.jp/hyouhakudanna/climb.html 犯罪の世界を漂う

今ソーシャルワーカーとしての仕事の中で,「死刑」ということを日々考えないといけない立場になっている私としては,この3人の執行が以前より重く感じられました。「死刑」という言葉が迫ってくるような感じがしました。

絶対に教育刑にはなりえない応報刑の死刑。生きてシャバに戻ることのできる可能性のある無期懲役と絶対にない死刑の大きな差。

かといって,現実に死刑判決が下されていることや,今では裁判員裁判で市民が死刑という極刑の判断をしていること,峻烈な遺族感情の存在。

大変難しい問題だと思います。

関係はないのかもしれませんが,この執行の翌日,死刑廃止を推進する議員連盟の会長である亀井静香衆議院議員が政権離脱を宣言したのは,何とも言えない感じがしました。

確定死刑囚を含めた拘置所での福祉的なアプローチについて最近意見を持っているので,また今度あらためて書きます。

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2012年3月28日 (水)

薬物非行について~少年院で離脱指導強化~

若者の薬物非行の深刻化を受け、法務省は新年度から、少年院の収容者を対象とした全国共通の薬物離脱指導プログラムを初めて導入する。専門家の助言を受けながら、薬物の再非行に陥りやすそうな収容者を集めたグループ指導を核とし、家族への指導も行う。

 導入されるのは、「矯正教育プログラム(薬物非行)」。来年度は、東日本と西日本各2施設(男子施設と女子施設)計4施設の少年院を「指導重点施設」とし、先行実施する。これまでは、各少年院が個別に指導に取り組んでいたが、体系的な専門プログラムはなかった。

 プログラムでは、全国の少年院で実施する「リスク調査」に基づき、再び薬物非行に走る恐れの高い収容者を各10人程度、4施設に集める。グループワークによる心理療法などを活用し、3カ月間の指導を行う。

 専門家が作成に協力したワークブックを使い、少年院の教官が指導を担当。必要に応じて、外部の専門家や薬物依存症患者の自助グループの協力も受ける。少年院収容者の場合、退院後は通常保護者との生活に戻るため、親などを対象とした指導・相談の機会も設ける。

 法務省が10年に少年院に入った3619人を調べたところ、非行名別では、覚せい剤取締法違反が118人▽シンナー吸引など毒劇物取締法違反が34人▽麻薬及び向精神薬取締法違反が6人。同じ対象者の薬物使用歴は、覚醒剤162人▽シンナー類125人▽大麻103人▽麻薬やあへん18人に上った。

 同省は、こうした若者の薬物非行の深刻な状況や、「少年矯正を考える有識者会議」が10年12月の提言で「薬物非行などに焦点を当て、教育課程の一層の特色化に努めるべきだ」などと指摘したことも踏まえ、専門プログラムを検討していた。

 国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・薬物依存研究部室長は「国内では、専門病院や民間リハビリ施設でも少年向けの薬物依存症治療プログラムが存在せず、若年乱用者は治療や支援のらち外に置かれがちだ。そうした意味で、今回の試みは画期的だ。また、少年が薬物依存症から回復するには、成人以上に親に対する教育が重要。親への教育・相談が盛り込まれている点も意義深い」と話している。【伊藤一郎】毎日新聞

「エー今頃」と思われる方も多かったのでは?あれだけ少年の薬物の問題が騒がれていたのにと私も思います。もちろん強化なので全くなかったというわけではありません。

問題は簡単に薬物が手に入ってしまうことだと思います。一旦少年院で隔離されて薬物をやめることができても,社会に戻れば親の監視も24時間ではないですし,よっぽど本人の意志がしっかりしていないといけませんね。

仮退院中は保護観察がありますが,20歳になって保護観察が終了すれば自分でやめ続けないと今度は成人矯正のお世話になってしまうかもしれません。

恐ろしいのは,薬物非行をしながらも検挙されずに保護処分を受けることなくすんでいるケースもかなり多いということです。少年にしても成人にしても検挙されていないケースは山ほどあると思います。実際,別件で検挙されたケースが実は過去に薬物を使っていたことをカミングアウトしたり,初めて薬物事案で検挙されたケースが少年から10年以上の使用歴があったりということが実際ありました。

可塑性のある少年のうちに薬物から離脱させたいのは当然ですよね。少年院だけではなく,一般社会の教育現場でも薬物についての教育をするべきであると思っています。ダルクの出前授業なんていうのもいいのではないでしょうか?

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2012年3月27日 (火)

遅ればせながら~社会福祉士,精神保健福祉士国家試験~

3月15日は社会福祉士,精神保健福祉士の国試の合格発表でしたね。

合格された方遅ればせながらおめでとうございます!

残念ながら不合格だった方,来年はがんばりましょう。必ず道は開けます。

国試も年々難度が増してきているようですね。いよいよ精神保健福祉士も新カリキュラムになりますし。

養成する側の立場としても襟をただして頑張りたいと思います。

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2012年3月22日 (木)

殺人の罪を犯した人との接見

殺人の罪を犯した人,ないしはご家族への対応を2件ほどおこなっています。昨日は1日その対応でした。

支援を行う中では,加害者本人と接見や面会,或いは処分終了後の面談など,直接加害者本人に会う必要性が生じるのは,他の犯罪をした人と同じです。

殺人の罪を犯した人と会うときは,手が気になってつい見てしまうのです。「この手が人の命を奪ったのか」という意識からです。

福祉という仕事が人の生活を守り,ひいては命を守るということなので,それとは真逆の行為をした「手」に対する思いなのでしょうか。

以前にも書いたと思うのですが,殺人という行為は地球上の最高の高等生物とされている人類がその同種の生命を意志を持って奪うという点で,他の罪とはかなり違うような気がします。

強盗致傷や傷害,殺人未遂など相手が死に至らないが傷をつけたという場合は,あまり気にならないのですが殺人の罪を犯した人の場合は特に手が気になってしまうのです。

これも以前に書いたのですが,もう一つ気になるのは加害者の背後です。加害者の背後から被害者がこちらを見ているような錯覚におちいります。あたりまえですが,被害者は亡くなっているのに加害者はこの世で生きていて,面会に来た人間と話している。被害者は自分の被害を訴えることもできない。

私が会ってきた未遂も含めた殺人の罪を犯した人は,皆さんとてもそんなことができるような人には見えませんでした。礼儀正しく穏やかな人ばかりでした。もっとも,みなさん前科もなく,あっても生命犯や粗暴犯ではない人なので余計にそう思えるのかもしれませんが,犯行態様からすれば「この人がそんなことをやったとは信じられない」と思える人ばかりでした。

それも何となく不思議な感じです。

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2012年3月18日 (日)

横浜の高齢者・重度障がい者孤立死事件について

 横浜市旭区の住宅で昨年12月、病死した2人暮らしの母子が発見されていたことが17日、神奈川県警旭署への取材で分かった。母親(77)の死後、小児まひと重度の知的障害がある息子(44)も孤立したまま死亡したとみられる。

 同署によると、息子が通っていた福祉施設の職員が、同区中希望が丘の母子方の電話に誰も出ないことから昨年12月6日に訪問。玄関は施錠されていたが、開いていた窓からトイレ付近であおむけに倒れている息子を見つけて同署に110番した。駆けつけた署員が、台所で倒れて死んでいる母親とともに死亡を確認した。

 行政解剖の結果、母親は解離性大動脈瘤(りゅう)破裂で昨年11月末に死亡、息子は発見前日の12月5日、肺気腫と呼吸不全で死亡したとみられる。

 母親は高血圧と糖尿病を患い、息子は一人で歩いたり食事したりができない状態だった。息子が福祉施設への通所を嫌がったため、昨年9月から通わなくなっていた。父親が昨年夏に死亡してからは母親が介護していた。電気とガスの供給は続いていた。

 近くに住む70代の男性によると、母子はあいさつ程度の近所づきあいしかなかった。【倉岡一樹、宗岡敬介】毎日新聞

こういった事件が最近多いですね。都会での孤立死。コミュニティーが失われてきているのでしょうか。地域で支援が必要なはずの世帯が,支援を受けられることなく重大な事態となっている。

これって,大阪2児餓死事件と同じですね。

先だってある市の民生委員さんの研修に出講した時のある民生員さんの意見が思い出されます。「先日,受け持ち地域で孤独死がありました。以前生活保護を受けていたが,就職されたので保護が廃止になっていた人でした。市役所に相談に行ったようですが,すぐに連絡してもらえれば様子を見に行けたのに。個人情報の保護はあると思いますが。」といったような内容でした。

個人情報の保護よりも人(人命)の保護の方が優先されると思います。行政が巡回等を行うことがマンパワー的に難しいのであれば民生・児童委員の活用やNPOなどへの委託といった形をとってでもコミュニティーを守るべきです。法的にコミュニティーソーシャルワーカーを制度化すべきかとも思います。

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2012年3月17日 (土)

大阪2児餓死事件1審判決で思うことその2~お世話になっている記者の記事なので~

大阪市のマンションに3歳の長女と1歳の長男を閉じ込め餓死させたとして、殺人罪に問われた母親の被告(24)に対する裁判員裁判の判決が16日、大阪地裁であった。西田真基裁判長は下村被告に殺意があったと認定し「絶望の中、徐々に衰弱して命を絶たれた子供たちの苦しみは想像を絶する。むごいの一言に尽きる」と述べ、有期懲役では最高刑の懲役30年(求刑・無期懲役)を言い渡した。

 被告は殺意を否認したが、西田裁判長は「(自宅で2人の姿を最後に見た)10年6月9日の時点で、2人の子供が相当衰弱して生命の危険性が生じていることを被告も認識していた」と指摘。その後、被告が2人に多少の飲食物を与えただけで約50日間も外出を続けたことから「何ら生命を救うための手立てを講じることなく放置した」と述べ、被告の主張を退けた。

 また、ゴミと汚物があふれた部屋で迎えた2人の最期に触れ「これに匹敵する苦しみは他にない。その最中、現実から目を背けて複数の男性と遊興にふけるなど、被告の行動は非難に値する」と指弾した。

 一方で西田裁判長は、周囲の援助を受けていなかった被告の境遇に「仕事と育児に限界を覚え、孤立感を強めており、同情の余地がある」と一定の理解を示した。そして最後に「このような被害者が二度と出ないよう、社会全般が児童虐待の防止にいっそう努め、子育てに苦しむ親に協力することを願う」と言及した。

 判決によると、被告は10年6月9日、食事を与えなければ死亡する可能性が高いと認識しながら、長女、長男を大阪市の自宅から出られない状態にして放置し、同月下旬ごろに餓死させた。【牧野宏美】毎日新聞

「仕事と育児に限界を覚え、孤立感を強めており、同情の余地がある」と一定の理解を示した。そして最後に「このような被害者が二度と出ないよう、社会全般が児童虐待の防止にいっそう努め、子育てに苦しむ親に協力することを願う」

福祉関係者はこの言葉を真摯に受け止めるべきです。この事件が起きて以降も,虐待による子どもの死傷が続いています。被告人を懲役30年という有期刑の最長の刑にしたからといって,こういった事件がなくなるわけではありません。児童の虐待加害は,処罰されないだろうという仮定の下に行われているのです。

今こそ真のコミュニティーを形成していくべきかと思います。この被告人は殺人事件の被告人になるべくしてなったのではないと思っています。

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2012年3月16日 (金)

大阪2児餓死事件1審判決で思うこと

 大阪市のマンションに3歳の長女と1歳の長男を閉じ込め餓死させたとして、殺人罪に問われた母親の被告(24)に対する裁判員裁判で、大阪地裁は16日、懲役30年(求刑・無期懲役)の実刑判決を言い渡した。

 被告は殺意を否認していた。検察側は論告で「10年6月9日ごろの時点で2児が相当衰弱していることを認識しながら部屋に閉じ込めた。被告の弁解は信用できない」と述べ、殺意はあったと強調した。弁護側は「被告は2児が死んでも構わないなどとは考えなかった」として、保護責任者遺棄致死罪にとどまると主張した。

 起訴状によると、被告は長女、長男と大阪市のワンルームマンションで暮らしていたが、食事を与えなければ死亡することを知りながら、10年6月9日ごろ、2人を自宅に閉じ込めて放置し、同月下旬ごろに餓死させた、とされる。【苅田伸宏】(毎日新聞)

まだ判決が出た時点で,控訴するのかどうかもわかりませんから,あくまで仮定の話としてです。

地域福祉の観点からいうと,コミュニティーが全く機能していないというか,とても残念な話です。その後下記の様な会がこのマンション住人の間でつくられているそうです。

現場マンションに住んでいるデザイナーの清水隆之さん(27)と柔道整復師の外山(とやま)大輔さん(31)。事件で人との関わりの大切さを実感したという2人は事件後、2児にちなみ「桜楓(おうふう)会」と名付けた住民交流会を毎月開いている。清水さんは事件の詳細を知り「自分は本当に無関心過ぎたと改めて感じた」と絶句。外山さんは「公判で聞いたことを消化できたら、何か発信したい」と話した。【反橋希美】(毎日新聞)

「人との関わりの大切さを実感した」とても大事なことだと思います。

本件が,殺人罪なのか保護責任者遺棄致死罪なのかの司法判断は私にはできませんが,食事や水を与えられないまま幼い子どもたちが死んだことには違いがありません。子どもを大人たちで守る。単純なことがこの国では失われつつあるのかなぁと思ってしまいます。

地域だけでなく,家族の機能にも問題が多いようにも思います。地域力とともに家族力も見直さないといけないのかもしれません。

懲役30年が重いか軽いか,それは被告人のみでしか感じられないのではないでしょうか。子どもたちはもう亡くなっています。子どもたちにはどう思うのか聞けません。でも,もし聞くことができたら「お母さんもういいよ。許してあげる。」と言ってハイタッチしてそうな気がしています。とても悲しいのですが子どもたちにとっては,大好きな唯一の母親なんですから。いまの彼女には,それがわかっているように思います。

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2012年3月14日 (水)

保佐人は行政の指示に従わなければならない?

先だって生活保護施設入居中の被保佐人の件で,援護の実施者から連絡を頂きました。

ちなみに弁護士の相保佐人が就いていて,財産管理は私は一切やっていません。もちろん,1年以上たちますが報酬請求もしていません。

最近,お会いできてないのは事実なのですが,何分にも弁護士である相保佐人がいるケースです。私は補佐的役割。

援護の実施者さん曰く,「援護の実施者として保佐人2人そろってもらって話がしたいので保佐人同士で二人で来れる日程を調整してください。」とのことでした。私の場合は休暇を取って,いやらしい話ですが交通費も自腹で行くことになります(それなりの距離なのです。ましてや学校を抜けていくことなど絶対無理。)相保佐人も同じような立場なんですが,弁護士で一人事務所,比較的近所ということで少し立場が違います。

複数保佐人なので,一人が出れば事足りるし法的にも問題はないのではと申し上げたのですが,援護の実施者としては二人同席してほしいとの一点張り。

弁護士の相保佐人に相談して,相保佐人のみが行くことで相保佐人から話をしてもらうことにしたのですが...

ちなみに,私からは「報酬もらえる人ではないんですけど」「経費も出せない人なんですけど」ということは一言も言っていません。お金のことは言いたくないのと,今までも持ち出しだったので。

以下は後で思ったこと

行政さんって,報酬もなく,現況では経費も出せない状態の被保佐人の場合でも,この年度末に,本来の仕事を休んで無報酬でやっている保佐人に話し合いに来いといえるのかと。ご自分が逆の立場だったらどうなんでしょう。予定がいっぱいの年度末に,無理やり年休とって1日つぶして,往復2000円はかかるようなところに自腹で行って帰ってこいと言われたら。

それも,本来相保佐人がいて,どちらかが出席することでも法的に問題がない。できれば二人が望ましいのは勿論ですから,私も余裕があれば,経費云々は抜きにしても行くのですが何分身は一つですし,相保佐人がいるケースなので優先順位は下がっても当然と思うのです。他の大事な案件もあるのですから。

お願いというよりは,当然と言わんばかりのものを感じました。「法的には一人でいいのかもしれませんが,裁判所できまった保佐人なんですから」???うーん市長申立でもないし,成年後見人等利用支援事業も使っていないし,そんな権限あるのかな。

もう少し話を続けていたら,きっと「こちらも持ち出しで行くのだから文書をください」「上司は知っているのですか」と言ってしまっていたかも。いま一度目の前で話したら...

福祉をやっている人ならばもう少し成年後見人について知ってほしいと思いました。行政の人だったら当たり前かなぁーとも思うのです。

こんな気持ちになるのは私だけなのでしょうか。

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2012年3月 7日 (水)

刑務所での性同一性障害のある人への処遇上の配慮→日本とドイツ

 性同一性障害で心は女性なのに、男として刑務所に収容された受刑者が不満を訴えるケースが相次ぎ、法務省は3日までに、刑事施設の処遇方針をあらため、全国の刑務所などで障害に配慮した対応を始めた。収容者の要望に応じて服装や髪形、入浴に配慮し処遇の改善を進める。

 刑務所で個別の要望に応じることは受刑者間の不満や差別につながるとして、これまで一律での運用を徹底してきたが、法務省は「障害を無視した運用は人権侵害との批判がある上、障害が社会的に知られるようになり、配慮が必要と判断した」として新たな指針を導入した。

 新指針は、性同一性障害の収容者に対して(1)診療と居室(2)入浴や身体検査時の対応(3)衣類・髪形など―について配慮するよう規定。

 収容先の刑務所は、従来通り戸籍上の性別に従うが、居室は希望によって単独室とし、個別での入浴も許可。戸籍上は男性でも長髪や女性用下着、シャンプーなどの所持を新たに認めた。

 刑務所内では性別適合手術やホルモン治療はできないが、精神科医の診察や臨床心理士によるカウンセリングを積極的に導入。刑務官の理解を向上させる教育も行う。

 法務省によると、全国の刑務所などの矯正施設で、医師によって性同一性障害と診断された受刑者は2011年末時点で男女8人。診断はされていないが性同一性障害とみられ、刑務所が配慮の対象としている受刑者は約30人に上る。

 刑務所や警察の留置場での処遇をめぐっては、性同一性障害の男性が女性として扱うよう求めて裁判や人権救済を申し立てるケースがここ数年増加。各地の弁護士会が「個性や人格を否定する人権侵害」として法務省と刑務所に改善を勧告してきた。(中國新聞)

もともとニューハーフの人は違う処遇をしているはずかと思います。このあたりは本間龍さんも著書で書いておられます。

しかし,性同一性障害という診断がはっきりしている場合で,男子と同じような扱いをするのは確かに問題があるといえましょう。

性同一性障害は 英語では gender identity disorderです。障害(がい)と日本語で翻訳される英単語はいろいろありますが,disorder はどちらかというと医学上の支障かとおもいます。しかし,性同一性障害は生活することに障がいがあるのですから,handicapかと思います。

性同一性障害のある人を同性の中で処遇するのは人権上差し障りがあるのはそうですが,その人の刑務所生活そのものに差し障りがあるとも思います。男性の刑務官に入浴や検身時に裸体を見られるなんて相当な苦痛があるのでしょうね。これって分類時に判明させていないと,入所の際いきなり裸を見られますし,当然拘置所でも性同一性障害に配慮した処遇がされないといけませんね。もっと突っ込むと留置所も?

一口に処遇に配慮と言いますが,きっと現場は大変だと思います。それなりに労力もいるでしょうし,単独室の確保なんかも必要でしょうから。

ただ,日本の刑務所も少しずつですが変わりつつあるんだなぁーと思いました。刑務所のみならず拘置所や少年院でも当然配慮した処遇が必要なのでしょうね。

少し違いますが,ドイツは国民の約5%が同性愛者で,ベルリン市長や緑の党の有名な国会議員,現在の外相が同性愛者です。同性愛者同士の結婚も法的に認められていて,外相も同性者と結婚していました。

ドイツ刑法には、かつて同性愛を禁止する条項があり,男性同士で性交した者は、懲役刑に処せられ,公民権を剥奪されると規定されていました。この刑法はナチス時代にさらに重罰化して,同性愛者の噂や雰囲気があるというだけでも検挙され,推定10万人もの人が同性愛者が収容所や刑務所に送り込まれたといいます。

しかし今や同性愛者の権利が確立しているドイツ。そのドイツの矯正施設って,当然同性愛者や性同一性障害者には配慮した処遇がされているのでしょうね。調べてみたい気がしています。

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2012年3月 6日 (火)

4日は岡山に行きました

4日(日)は岡山でNPO法人おかやま入居支援センターの報告・意見交換会でのパネリストでした。

初めて加害者家族支援についても少し報告させていただきました。被疑者被告人段階の支援の必要性や,少年院仮退院者の支援の問題など,ある程度お伝えすることができたかなぁーと思います。

一番大切なことは,「そんなことしたら刑務所や少年院へ行かなあかんぞ」ではなく,「刑務所や少年院に行かない生活が快適なのでそんなとこへはいかないぞ」ということを自己決定できるようになってもらうことで,そのことが伝わっていればいいなぁーと思いました。そういう意味では居住支援を含めた福祉的支援はこういった社会的に排除されがちな人には大切で,包摂するのではなく,自らが包摂されるようになってもらうことが大切なのだと思います。

岡山でも,一部の弁護士さんや福祉関係者等の努力で,行き場所のない人の定着支援が根付いてきているようで頭が下がる思いでした。

そのあと楽しい懇親会に参加させていただき,10時台の新幹線で帰ってきました。まるで,神戸や大阪で飲んで帰るような感じですね(笑)新幹線は,ゆっくり座れるのでとても楽でした。すっかりできあがって帰ってきたのでした。

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2012年3月 2日 (金)

7万アクセスを超えてしまいました

ソーシャルワークや福祉の資格のことなど,主として刑事司法におけるソーシャルワークを中心としたこのブログは,2010年8月に立ち上げました。まだ,1年半ほどしかたっていません。

しかし,7万アクセスを超えることができました。この理由は「今回の震災と宮城刑務所」という昨年の震災当時の記事のリンクが,ヤフーのトピックスに載ったことが大きいと言えます。

しかし,過去4ヶ月で1日平均115程のアクセスがあり,非常に多くの皆さんに見ていただいていることに感謝しています。

このブログは,休日よりも平日のアクセスが多く,仕事や研究に使っていただいているのではと勝手に思っています。これは,当初からのこのブログの目的と合致しています。

今後ともよろしくお願いいたします。

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2012年3月 1日 (木)

「死」という言葉が

最近「死」という言葉が重くのしかかります。

知的障がいのある子どもと,そのお母さんが死んでいたのに2か月も見つからなかったニュースや光市母子殺人事件の最高裁の死刑判決支持。

私自らに今直面している「死」は,現在,殺人罪で受刑中の支援している2名。

そして,加害者家族支援を行っている2ケース。ご想像がつくと思いますが,加害者のおこした案件が生命犯だから,家族が支援を要するような状況になりえたともいえるのです。

人の命はどれほど尊いものかと思います。たとえそれが,複数の人の命を奪うような重大な犯罪を行い,死をもって償うべきと司法判断されたひとであっても,人の命という点では被害者と同じです。

応報刑としての死刑,死刑には教育刑的要素はほとんどなく,応報刑の極みといえるのかもしれません。教育刑に刑罰がシフトするには,応報刑の極みたる死刑の問題の解決が不可欠なのでしょう。再審無罪が案件が続いていることから考えると,誤判によって人の命が奪われる可能性を避けるといった意味でも考え直す時期に来ているのかもしれません。しかし,被害者の感情を考えるとどうなのか。「死」とは思い言葉です。

私は真言宗の家に生まれたのですが,信心深いとはとても言い難い人です。しかし,以前にも書いたように,人の命を奪った人の対応をするようになってから,腕輪数珠をして,カバンに入れた般若心経を持ち歩いています。

イエス・キリストは,「すべての人間は罪人である」といいますし。親鸞上人は「善人なおもて往生をとぐ,いわんや悪人をや」と言っています。

信仰心の薄い私ですが,こういう言葉が最近重く感じます。

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