« 2月26日のアスペルガー障害のある被告人への1審求刑越え判決事件控訴審判決 | トップページ | かつて関わった人が起訴されました »

2013年3月 1日 (金)

障がいのある人の刑事責任能力~刑法第40条から

刑法第39条の心神喪失,心神耗弱の無罪,減刑規定があり,責任能力の有無ということが刑事司法では重要とされていいます.限定責任能力などという言葉もあります.

責任能力とは,きわめて医学モデルでの障がいの見方です.しかし,よほどはっきりしている場合は別ですが,障がいの状態によっては限定的に責任能力があるのかそれとも無いのか,ということはかなりあいまいな部分かと思います.

その上,最終的に責任能力の判断するのは鑑定医ではなく司法です.東京で起きた夫バラバラ殺人事件の時は,検察側,弁護側双方の鑑定医が「責任能力なし」としたが,裁判所は無しとは認めませんでした.

責任能力がある障がい者に対して,責任能力がないと主張することはどうなのでしょうか?私は,それは差別であると思います.本人の持っている能力を否定していることになるのではと思います.刑事処分の内容の是非は横においておいても,責任能力に応じた刑事処分が下されることには当然とも思います.もちろん,量刑にあたっては,障がいによる生活支障などの社会的要素も斟酌されるべきであることは言うまでもありません.

障がい者の責任能力を語る時には,私は,しばしば平成7年に削除された刑法第40条のことを話します.刑法第40条については,障がい福祉関係者でも知らない人が多いです.

刑法第40条 イン唖者の行為は之を罰せす又は其刑を減軽す.
イン(やまいだれに員)唖者とは聴覚障がいのある人のことです.この条文の意味は,聴覚に障がいのある人は(十分に教育を受けられないので)責任能力がないので罰さないか,責任能力が限定的なので刑罰を軽減する.ということです.

明治の時代の遺物だったわけです.

この条文はなぜなくなったのでしょうか,被害者団体の訴え?
ちがいます,聴覚障がいのある当事者の団体が,われわれは責任能力が無かったり限定的だったりはしない.これは差別的な条文だということで削除を訴えたのです.

本来の責任能力は正しく図られるべきであり,何でもかんでも障がいのせいにしてしまうことは,ある意味差別だと思います.障がいのある人が起こす犯罪は,多分に社会的な要素がある場合は確かに多いのですが,それでは100%がそうかというと違うと思います.犯罪をすること自体は,まずは自己の責任であるかとおもいます.たとえ,社会的な要素が90%であっても自己責任の部分はありましょうし,法というものがある以上,まずは,自己の責任の部分を見て,次に社会の責任の部分を見る.結果として社会の部分の比率は大きいことがあるかもしれませんが,犯罪について社会が処罰を受けることはありません.

夜間体制の必要が無いグループホームで生活していた人が夜に部屋から出て事件を起こした時に,グループホームの責任と言えるでしょうか?その動機づけにになることが,昼や夜の福祉的支援に関係しているといった間接的な原因になっていることはあるかもしれませんが,それで過失は問えません.道義的な責任はあるかもしれませんが,犯罪の責任はないのです.

障がいがあっても責任能力に応じた処分は当然なこととしても,本来の福祉の役割はそうならないようにすることです.とてもむずかしいけれど.

また,刑事政策における障がいのある人たちへの処遇について訴えていく事も当然必要でしょう.

|

« 2月26日のアスペルガー障害のある被告人への1審求刑越え判決事件控訴審判決 | トップページ | かつて関わった人が起訴されました »

司法福祉」カテゴリの記事

学問・資格」カテゴリの記事

心と体」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

更生保護」カテゴリの記事

法律」カテゴリの記事

福祉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/181558/56858700

この記事へのトラックバック一覧です: 障がいのある人の刑事責任能力~刑法第40条から:

« 2月26日のアスペルガー障害のある被告人への1審求刑越え判決事件控訴審判決 | トップページ | かつて関わった人が起訴されました »