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2013年3月

2013年3月24日 (日)

96歳夫,91歳妻殺人事件は医療観察に~社会内処遇を考える~

A県警によると、夫妻の自宅を訪問した女性介護士が、服に血が付いている夫(96歳)を見つけた。女性が事情を聴くと、夫は「自分で首を切った」と話し、そして、「妻(91歳)は死んでいます」と伝えたという。

 

 女性は同じ室内のベッドに横たわっていた妻が死亡しているのを確認し、連絡を受けた男性医師が110番。警察署は妻の首を絞め、包丁で首を切りつけるなどしたとして、夫を殺人容疑で逮捕した。

 

 その後の司法解剖で、妻の死因は窒息死と判明した。

 

 夫は「介護に疲れた。自分が先に死ねば寝たきりの妻が困ると思い、一緒に死のうと思った」と容疑を認めており、通報を受けた署員が自宅に駆けつけるまでの間、室内のいすに腰掛けてじっとしていたという。

 

 夫はB地検に送検されたが、高齢でもあり体調が悪化し、B地裁は一時、夫の勾留執行を停止。B地検は3月13日、不起訴処分(起訴猶予)とした。

 

 地検は処分理由について「責任能力を問うことに難があることや年齢などを考慮し、医療の手続きに委ねることにした」と説明。地裁に同日、男性の医療観察を申し立てた。

地検によると、男性は長年の妻の介護で心神耗弱状態になっていた可能性があるという(MSN産経から抜粋)

本件,犯行時心神耗弱で不起訴処分から医療観察審判という流れのようです.介護負担による精神的な疲労によっての心神耗弱はわかるのですが,それって治療反応性のある疾患なのでしょうか?もっとも,それを審判で決めるのでしょうが,状況としては,妻が死んでいることも認識しているし,容疑も認めて動機も供述していますし,対象行為を理解しています.普通ならば殺人事件ですから心神耗弱が認められていますから公判請求でしょうね.

しかし,本件の場合被疑者は極めて高齢です.記事からすると勾留執行を停止していますから,入院したのでしょうか.公判請求されると,殺人事件ですから当然裁判員裁判ですし,公判前整理手続きや鑑定留置も含めた長期間の勾留が予想されます.結果として執行猶予も予想されますが,それまでの期間が長いのと,殺人罪ですから最低刑は懲役5年,つまりは情状酌量で2年も刑を下げないと執行猶予は付きませんから,絶対執行猶予というわけにはいきません.

また,公判請求された場合,執行猶予が付されることを予定しての支援の組み立てが必要になってきましょうし,もし39条減刑だとすれば,医療観察審判にということになります.

医療観察の本旨からすれば,おかしいと思うのですが,殺人事件で不起訴ということなればこういう理由づけしかなかったのかもとも思えます.実際に勾留には高齢で耐えられない方でしょうし,このまま刑事施設で対応するよりは,医療対応としての医療観察へということなのでしょうか?

問題は医療観察でどういった処分が下りるにしても,この方の支援をどうしていくかということでしょう.地域福祉の問題かと思います.社会復帰調整官やその地域の支援がどういった処分となったとしても,支援できる体制を構築しなければならないかと思っています.もちろん,不処分になったとしても同様です.

障がいのある人も含めて,こういったようなケースの場合,保安処分ではない居住型サービスに近い形での対応など,福祉的な社会内処遇が必要かと思います.ちなみにあくまでも福祉的な対応で福祉に司法の下請けをさせるものであってはいけません.

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2013年3月20日 (水)

成年被後見人の選挙権剥奪は違憲!

「さまざまなハンディキャップを負う多数の国民も、わが国の主権者であることはいうまでもない」。成年後見人が付くと選挙権を失うとした公職選挙法の規定を「違憲」と判断、安易な制限に警鐘を鳴らした14日の東京地裁判決。判決言い渡し後、定塚(じょうづか)誠裁判長は原告女性に「胸を張って生きて」と直接声をかけた。家族らは「名判決だ」と喜びを分かち合った。

 「どうぞ選挙権を行使して、社会に参加してください。堂々と胸を張って生きてください」。14日午後、東京地裁の103号法廷。判決要旨の朗読後、定塚裁判長が原告の名児耶匠(なごや・たくみ)さん(50)にこう語りかけると、見守った支援者の大きな拍手が鳴り響いた。

 閉廷後の会見で父、清吉さん(81)は「裁判長の笑顔を初めて見た」と目を細め、匠さんも「うれしかった」と口をそろえた。(産経MSN)

障害者権利条約の批准に向けて当然ともいえる判決です.私の知っている方も成年被後見人になって選挙に行けなくなり怒っておられました.明治時代の禁治産制度の残りの産物だったわけです.

そもそも,同じ国民としてなぜ選挙権をはく奪されないといけないのでしょうか?スウェーデンなどでは,知的障がいのある人の政治参加をうながすために,選挙公報も知的障碍者のためのものがあって,わかりやすい言葉や画像などが使われています.ペーパーだけではなくインターネットで動画も使ってわかりやすくしています.門前払いなんて考えられません.

成年後見を業務として行っているものとしては,今まで疑問に感じながら悶々としていた部分でもあります.

その上,この制度の場合,成年被後見人でなければどんなに判断能力の障害が重い人でも選挙権があるという,まったく変な制度なのです.人を守る制度が人を虐げているという不思議な制度だといえます.

東京だけではなく,他の地裁にもこの訴訟は行われていますが,政府は,できるだけ早く公職選挙法を改正してもらいたいものです.

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2013年3月19日 (火)

3月17日は滋賀県精神保健福祉士会の研修会に出講しました

3月17日(日)は,近江八幡市で開かれた滋賀県精神保健福祉士会の研修会に出講しました.

畏れ多くも基調講演と,シンポジウムのコメンテーターという役割でした.出席者のほとんどがPSWさんということで,同業者としてのお話をしようと思いました.

地域での触法障がい者支援ということに軸を置き,被疑者・被告人段階での支援,矯正施設や拘置,留置施設から釈放された後の支援についてお話しさせていただいたとともに,PSWの研修会ということで医療観察制度についてもいささか課題などをお話しさせていただきました.

後半は,社会復帰調整官,地域生活定着支援センター,医療観察の審判に付添人としてかかわっている弁護士をシンポジストとしてのシンポジウムでした.

お話をお伺いして私も大変勉強になり,もう一度医療観察というものについて整理することができました.

医療観察制度についてこういった形で話す機会は少ないものですから,大変有意義でした.「私も参与員になってみてもいいかな」なんてことも思いました.もちろん兵庫に需要があればですが(笑)

滋賀のみなさんありがとうございました.

さて,帰りは近江八幡駅前の大きなイオンに寄って,駅売店で丁稚ようかんを購入して帰りました.

今年度の講演や研修会の出講は,これで終了です.今年度も千葉や群馬,岐阜など遠方にも行かせていただきました.あらためて,お世話になった皆様方に感謝です.

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2013年3月16日 (土)

社会福祉士,精神保健福祉士の合格発表が3月15日にありました

社会福祉士,精神保健福祉士の合格発表が15日にありました

合格されたみなさん,おめでとうございます.
特に社会福祉士は昨年度の26.6%から18.8%と大幅に下がり,ついに20%台を割りました.

それだけ難しくなったということですね.これからもこういった傾向なのかもしれません.

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2013年3月15日 (金)

かつて支援した人が急逝しました

かつて支援していた人が昨日急逝しました.師匠と呼んでいる人です.亡くなる直前まで普通にしていたようです.

初めて,更生支援計画書を書いた人です.その後,同種ではないですが再犯して,また,更生支援計画書を書き,証人尋問にも立ちました.

結果,実刑だったので,今度は何度も刑務所に保護面接に行きました.そして,施設入所を決めたのですが,うまくいかず.結果的には,自宅に戻ってしまい,支援体制を入れ替えた人です.

私が支援から外れた後も時々本人から電話がかかってきました.そして,再犯してB級刑務所へ,出所してから,また時々電話がかかってきましたが,また再犯.

唯一の肉親である父もなくし,彼なりにすこし穏やかにやっていたようですが,突然の訃報でした.
きっと塀の中でもっとも会ったのは,彼かと思います.同じ人に2回更生支援計画を書いたのも彼だけです.その他にもいろんな悪いことをした,そんな彼ですが愛嬌があってどこか憎めない人でした.

もう私が支援から離れた後,在宅起訴で確実に実刑というとき,私に電話をかけてきて,話した後,踏ん切りがついたのか明るくしていたのが印象的でした.

いつも,非通知で電話をしてくる人でした.ほとんど非通知でかかってくることはありません.ですので,非通知は大概彼でした.特に夜の非通知は彼しかいません.去年の暮れに携帯を離れた場所において気が付かずにいたところ,非通知で2回着信がありました.「暮のあいさつかな」と思ったのですが番号を知らないので折り返しようがありませんでした.

あの時電話をとれなかったのが今となっては残念です.

本当にとてもいろんなことがありましたが,今となってはいい思い出なのかもしれません.

彼は師匠だけあっていろんなことを教えてくれました.施設に抑え込むのはダメ,監視するのはダメ,暮らしやすい生活が必要,地域がいいなら地域,自分の生活は自分で決める.

今の支援のありかたもやっぱり師匠が身をもって教えてくれたので,今,触法障がい者支援の講演などでも話ができるのです.師匠がいなければ,触法障がい者支援などやっていなくて,今の私はいなかったかもしれません.

自立更生していく姿を見たかったな.
                                             合掌

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2013年3月11日 (月)

3月8日は国立のぞみの園の「福祉のサービスを必要とする罪を犯した知的障害者等の地域生活支援を行う施設職員等研修会」に出講しました

3月8日は、国立のぞみの園の「福祉のサービスを必要とする罪を犯した知的障害者等の地域生活支援を行う施設職員等研修会」(大阪)に出講してきました.前日の7日は夜の情報交換会に参加し,9日は演習の場面も拝見させていただきました.

私の担当は「地域での支援」という話です.同じ話を今回で3回目なのですが,50分という中にしっくりまとめることが難しくて苦労します.今回もかなり苦労しました.あまりうまくしゃべれず,言葉に詰まったりして.今回はちょっとせいぜい40点くらいかな.参加者には誠に申し訳ない.

本来前橋と大阪の2回を予定していたこの研修会なのですが,希望者が多数なために3回目が催されたのです.

相変わらず楽しかったのは控室での会話でした,会話でストレス解消です.刑事司法に関する話をあんなにできるのはあの場面だけですから.

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2013年3月 2日 (土)

かつて関わった人が起訴されました

かつて関わった2人が起訴されたことが先だってわかった.両名ともにかなりの累犯ではあるが,今まで起訴されたことが無い人たちである.

「障がいがあるからそう簡単に裁判にはならない」「検挙もされない」という認知になっていて,確信的に触法行為を繰り返す人がいる.取調べ時に水戸黄門の印籠のように障がい者手帳を出す人もいた.また,理由もとても社会的ニーズとは捉えられない場合が,こういった確信的な触法行為の場合はほとんどだ.

こちらが押したり引いたり環境を変えたり,いろんなことをやって触法行為をしないように支援してみても,結果検挙され起訴される人がいるのは事実.なかなか力が及ばない.

この両名とも支援者の努力はかなりのものだった.それでも及ばなかった.こういった人への支援の難しさを感じる.

1人は傷害事件の累犯で今まで不起訴,不処分だっただけ.運と相手がよかったに過ぎない,いずれも弱者を選んで狙った事件だ.もう1人は窃盗(万引)であるが,いままでも何度もやっていて謝罪と弁済で済んできた.今回立件された分の被害額も相当なものらしいし立証できない余罪もあるらしい.初めての起訴であるが,略式命令ではなく,公判請求であるところが罪の重さを物語っている.

おそらく2人とも実刑ではないだろう.初めての拘置所暮らしで堪えてくれたらいいのだが...傷害事件をおこした人は,治療反応性のある精神疾患はないので39条減刑されても医療観察はないだろう.

こういった人は,執行猶予見込みで,釈放後の支援を考える必要があるので,もう動き始めている.

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2013年3月 1日 (金)

障がいのある人の刑事責任能力~刑法第40条から

刑法第39条の心神喪失,心神耗弱の無罪,減刑規定があり,責任能力の有無ということが刑事司法では重要とされていいます.限定責任能力などという言葉もあります.

責任能力とは,きわめて医学モデルでの障がいの見方です.しかし,よほどはっきりしている場合は別ですが,障がいの状態によっては限定的に責任能力があるのかそれとも無いのか,ということはかなりあいまいな部分かと思います.

その上,最終的に責任能力の判断するのは鑑定医ではなく司法です.東京で起きた夫バラバラ殺人事件の時は,検察側,弁護側双方の鑑定医が「責任能力なし」としたが,裁判所は無しとは認めませんでした.

責任能力がある障がい者に対して,責任能力がないと主張することはどうなのでしょうか?私は,それは差別であると思います.本人の持っている能力を否定していることになるのではと思います.刑事処分の内容の是非は横においておいても,責任能力に応じた刑事処分が下されることには当然とも思います.もちろん,量刑にあたっては,障がいによる生活支障などの社会的要素も斟酌されるべきであることは言うまでもありません.

障がい者の責任能力を語る時には,私は,しばしば平成7年に削除された刑法第40条のことを話します.刑法第40条については,障がい福祉関係者でも知らない人が多いです.

刑法第40条 イン唖者の行為は之を罰せす又は其刑を減軽す.
イン(やまいだれに員)唖者とは聴覚障がいのある人のことです.この条文の意味は,聴覚に障がいのある人は(十分に教育を受けられないので)責任能力がないので罰さないか,責任能力が限定的なので刑罰を軽減する.ということです.

明治の時代の遺物だったわけです.

この条文はなぜなくなったのでしょうか,被害者団体の訴え?
ちがいます,聴覚障がいのある当事者の団体が,われわれは責任能力が無かったり限定的だったりはしない.これは差別的な条文だということで削除を訴えたのです.

本来の責任能力は正しく図られるべきであり,何でもかんでも障がいのせいにしてしまうことは,ある意味差別だと思います.障がいのある人が起こす犯罪は,多分に社会的な要素がある場合は確かに多いのですが,それでは100%がそうかというと違うと思います.犯罪をすること自体は,まずは自己の責任であるかとおもいます.たとえ,社会的な要素が90%であっても自己責任の部分はありましょうし,法というものがある以上,まずは,自己の責任の部分を見て,次に社会の責任の部分を見る.結果として社会の部分の比率は大きいことがあるかもしれませんが,犯罪について社会が処罰を受けることはありません.

夜間体制の必要が無いグループホームで生活していた人が夜に部屋から出て事件を起こした時に,グループホームの責任と言えるでしょうか?その動機づけにになることが,昼や夜の福祉的支援に関係しているといった間接的な原因になっていることはあるかもしれませんが,それで過失は問えません.道義的な責任はあるかもしれませんが,犯罪の責任はないのです.

障がいがあっても責任能力に応じた処分は当然なこととしても,本来の福祉の役割はそうならないようにすることです.とてもむずかしいけれど.

また,刑事政策における障がいのある人たちへの処遇について訴えていく事も当然必要でしょう.

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