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2013年3月15日 (金)

かつて支援した人が急逝しました

かつて支援していた人が昨日急逝しました.師匠と呼んでいる人です.亡くなる直前まで普通にしていたようです.

初めて,更生支援計画書を書いた人です.その後,同種ではないですが再犯して,また,更生支援計画書を書き,証人尋問にも立ちました.

結果,実刑だったので,今度は何度も刑務所に保護面接に行きました.そして,施設入所を決めたのですが,うまくいかず.結果的には,自宅に戻ってしまい,支援体制を入れ替えた人です.

私が支援から外れた後も時々本人から電話がかかってきました.そして,再犯してB級刑務所へ,出所してから,また時々電話がかかってきましたが,また再犯.

唯一の肉親である父もなくし,彼なりにすこし穏やかにやっていたようですが,突然の訃報でした.
きっと塀の中でもっとも会ったのは,彼かと思います.同じ人に2回更生支援計画を書いたのも彼だけです.その他にもいろんな悪いことをした,そんな彼ですが愛嬌があってどこか憎めない人でした.

もう私が支援から離れた後,在宅起訴で確実に実刑というとき,私に電話をかけてきて,話した後,踏ん切りがついたのか明るくしていたのが印象的でした.

いつも,非通知で電話をしてくる人でした.ほとんど非通知でかかってくることはありません.ですので,非通知は大概彼でした.特に夜の非通知は彼しかいません.去年の暮れに携帯を離れた場所において気が付かずにいたところ,非通知で2回着信がありました.「暮のあいさつかな」と思ったのですが番号を知らないので折り返しようがありませんでした.

あの時電話をとれなかったのが今となっては残念です.

本当にとてもいろんなことがありましたが,今となってはいい思い出なのかもしれません.

彼は師匠だけあっていろんなことを教えてくれました.施設に抑え込むのはダメ,監視するのはダメ,暮らしやすい生活が必要,地域がいいなら地域,自分の生活は自分で決める.

今の支援のありかたもやっぱり師匠が身をもって教えてくれたので,今,触法障がい者支援の講演などでも話ができるのです.師匠がいなければ,触法障がい者支援などやっていなくて,今の私はいなかったかもしれません.

自立更生していく姿を見たかったな.
                                             合掌

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