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2014年8月 7日 (木)

佐世保市の高1女子同級生殺害事件に思う②

佐世保市の高1女子同級生殺害事件では,次から次へと様々な事が報道されている.報道は勿論本人の話を直接伝えてるわけでもなく,捜査側や知人その他の情報からなされている.捜査側としては,捜査に支障となるような情報は出さないわけでそういう意味では,報道されている事がすべてであると思いにくい.

また,知人の話などで報道されている部分がある.例えば最近では継母に「人を殺したい」「お父さんを殺そうと思った」などと被疑者が述べたとされている.しかし,これがどういうつもりで,何のために,どんな表情で,感情があったのか,などは全く分からない.

動機についても憶測をよんでいるし,被疑者がサイコパスであるという人もいる.しかし,まだ何も明かになっていない中で,そういったことを断定づけるのはいかがなものかと思う.

そもそも大きな問題は,インターネット社会の現代において被疑者の名前,写真,学校,父親の名前,写真,職業,職場,亡くなった実母の名前,写真など様々な情報が広まってしまった.少年法第61条の理念においていくら報道が守秘しても全く形骸化しているのである.私はこの事が恐ろしかった.垂れ流された情報から,少年司法とは全く関わりがない人たちが感情的な意見をネットに流し始める結果となった.被害者家族のみならず,加害者の家族にとっても不幸な事件になってしまっている.報道云々よりもこちらの方が大きな問題で,ネット社会の弊害でもあろう.「人の口に戸は立てられぬ」ではなく「ネットに戸は立てられぬ」である.

特に本件の場合,父親の職業は大きな意味を持ち,それを多くの人は知っていて,その上で報道を見ている.報道もそういった事が広まっている事を前提にしているともいえるような状況だ.実際,私も正直そうである.父親の職業を紙メディアに落としてしまった週刊誌もある.

まずは,事件関係者が真相の追求に努めるべきである.まずは,精神鑑定が終わるまでは静観するべきではないかと思っている.その上で,なぜこの事件が起きたのか,報道の在り方などは然るべき人たちで検証していく必要はあるだろう.一番してはいけないのは犯人探しだと思う.「○○がちゃんとしていなかったら」等という事を言い出さない事だ.ある意味どこかに責任があったからではなく,周りの大人みんなに責任があったのではないかと思う.

経験上事件の真相や加害者がどういう人なのかという事は,実際事件に関わった者でしか分からないと思う.司法,医療サイドだけでなく福祉サイドの関わりが望まれる.

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