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2016年8月

2016年8月14日 (日)

相模原市障がい者施設刺殺事件に思うこと②

この事件による問題は,障がい者福祉全体だけではなく社会に波及していることは間違いない.特に権利擁護という視点での問題が大きく露呈したともいえる.

まずは,被害者である知的障がいのある人,特に重い身体障がいを伴った重度心身障がい者といわれる人への人権である.報道によると加害者は,優生思想に基づき,重い障がい者は何も生み出さず,税金を浪費し社会にとって害があるとして犯行に及んでいる.もちろんそれは許されることではないし,客観的に全く間違っている.しかし,日本には根底的な優生思想が強い.障がいのある人を蔑むという考え方が底辺で残っているのは実情であり.ネット上の反応を見ても,この加害者に同情的な発言やその思想に同調する発言が多く見られている.

福祉の現場でも,障がいのある人を下に見ている職員が多く見受けられる.障がい者に寄り添えない,共に生きられない職員という言い方のほうがしっくりとくるかも知れない.できない奴にしてやっているという職員というべきか.この加害者もきっとそうだったんだろう.そういう意味では,この加害者だけが,極めて特殊と言えるのだろうかとも思う.現場での職員の権利擁護観がどうなっているのかは,福祉現場では確認していかねばならない.

次に精神障がいのある人に対するバッシングである.そもそも,障がい福祉は一枚岩ではない.特に障害者自立支援法以前は,障がい者関係団体の対立なども多かった.障がい種別間,施設組織と当時者組織などの対立である.互いの障がいを理解できないということが,しばしば見受けられていた.これは,障がい者組織を一枚岩にさせないという,政策的な部分もあったのだろう.長らくその時代が続いたため,今でもそれは残っている.特に精神障がいのある人については,戦前には非人権的,そして今もなお差別が続いているのは言うまでも無く,社会では偏見が強く残っている.何か事件が起こると,報道しなくてもいいのに警察発表通り「精神科に通院していた」と載せられる.その病名は関係なく精神障がいが一人歩きするのだ.精神障がいに対して他の障がい種別の福祉関係者が無理解であるがゆえ,今度の事件で偏見を強くするということも起きるだろう.

この加害者がこの事件の前,措置入院していたということで,措置入院の見直しをするという話が出て,検討会の設置までされるという.一般の市民にとっては,政府はすぐに動いたと思うのだろうが,とんでもない話である.池田小学校事件の際も,加害者が直前まで措置入院していたことで,精神障がいのある人の犯罪が取り上げられ,保安処分としての要素の強い医療観察制度ができた.これは司法手続きなので裁判所によって審判がなされる.鑑定入院や社会復帰調整官や参与員の調査や関与といった,判決前調査もなされる.あるいみ,社会モデルが導入されている.しかし,措置入院で一定司法が関与し予防拘禁的に入院となると,全く話が違ってくる.また,症状がなくなれば人権的にも措置解除するのも当たり前だし,症状がない人をもしものことがあったらと予防拘禁することはできない.それこそ,ナチスの行ったT4作戦のようなもので,この加害者の思想を肯定するようなものである.

そもそも,起訴もされていない段階で,精神障がいを要因にあげるかのごとく措置入院の見直しを持ち出すのはどうなのかと思う.まだ,真実は分からない.池田小学校事件の時も加害者は措置入院は詐病であったことが分かったが,医療観察制度はできた.あの時の精神障がい者とその家族の苦しみがまた再現されることにならないのだろうか.前出したように,この国では障がいのある人への偏見が強い.今回,知的障がいのある人が被害者であり,加害者が措置入院の経験があるので精神障がいのある人が知的障がいのある人を殺害したという構図になっているが,かつて,レッサーパンダ事件や東金事件,近くは佐世保市高1女子同級生殺害事件など知的障がいや発達障がいのある人の事件が起きたときはどうだったろうか,ちなみに,東金事件の際などは,特に中軽度の知的障がいのある人の家族から,近所でどう見られているのか不安,隠れるようにして外へ送り出している.などの,発言を直接聞いた.下手をすると,治療反応性の乏しい人まで措置入院という名の予防拘禁をされてしまうのではないかと危惧してしまうのである.従って,これは,精神障がいのある人だけの問題ではない.

次に,被害者や被害者遺族に対する偏見だ.これは,被害者に障がいがなくても日本には存在している.一部には被害者の名前を出さないことを批判する声がある.名前を伏せておきたいという遺族に対して,障がい者差別や偏見と立ち向かうためにも公表するべきだという声がある.また,怪我をした被害者家族はメディアに出た方もいる.

しかし,この国には被害者の非を責めたり中傷する人が多い.住所や電話番号を突きとめて直接嫌がらせをしてくる例が後を絶たない.今回の被害者は確かに本人の非を責められない重い障がいのある人たちである.しかし,家族に対してどういう非難をするかは容易に想像がつく,「施設になぜ入れていたのか,邪魔だったのだろう」「死んで良かったと思っているのだろう」「これから施設を訴えてもうけようと思ってるのだろう」などなど,実際,犯罪被害者家族が受けたこういった中傷被害を事件が解決してかなりたってから語っている例がある.事件からかなりたっても中傷はある.それらから守れると言い切れるのなら名前を出せと言えるだろうが,そういう担保もせず名前を出せといえるのだろうか?すでに,加害者に賛同する声が出ているのだ.障がいのある人を排除するべきという思想をもった人々による,中傷というテロ被害から遺族を守れるのかということである.

ちなみに,このヘイトクライム予備集団のような人たちが,再び同じような犯罪を企てないとも限らない.福祉施設は監獄でも閉鎖病棟でもない.外からの侵入を完璧に防げないし,閉鎖的な場所にしてはいけない.不十分な福祉教育を充実させ,偏見のない社会にしていくことの方が,措置入院の強化とか警備の強化よりも長期的に見て必要なのだと思う.



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