育児

2014年6月18日 (水)

児童虐待と性犯罪加害

ある性犯罪者と関わった.累犯者だが性犯罪は2度目しかも連続だ.前刑出所後すぐの犯行である.それ以前の犯罪は,有機溶剤に関わる犯罪がほとんどだ.

なぜ,堰が切れたように性犯罪なのか.

この人は,性犯罪者によくあるような性行為依存とか,異常性欲とかそういった類いではない.会ってみて違和感があった.

なぜこうなったか,子どもの頃の虐待,大人からの虐待加害ではなく,児童養護施設内での異性の年上児童からの継続的な性的な虐待加害の影響である.異性,つまり男性が女性に加害される.子どもにとって凄まじい体験だろうと思う.この虐待加害者は,どんな生活をしているのだろうか.本人にとって語りたくなかった忌まわしい過去,今までの刑事事件で本人が語ることができなかった事実.

家庭に恵まれなかったこの人は,有機溶剤乱用から,なぜか大人になって有機溶剤使用後に解離したような状態で性犯罪をするようになった.

たとえ,被虐待が情状酌量されても,この人は比較的長期刑になるだろう,それは被害者の心情などを考えても当然なことだ.更生支援計画としても,釈放後の更生保護が中心となった.しかし,ただ受刑しただけではだめだ,たとえ矯正教育で性犯罪者処遇プログラムを受けてもあまり意味がないと思う.それは,一般的な性犯罪とはちがうからだ.受刑中からの心理学的なアプローチが必要というのは,私も対応してもらった臨床心理士も同じ意見だ.薬物事犯だけに限らず,こういった性犯罪や生命犯であっても,トリートメントを行なう治療的な司法の視点が必要である場合も多い.

だが,いつかは社会復帰する.本当の解決は,子どもの頃の虐待被害によるトラウマからの脱却にある.勿論,有機溶剤の依存からの回復も重要である.

受刑期間が,問題の先送りをしただけにするのはいけない.被害者がもう出ないようにすることが社会防衛としても重要だし,そうしないとこの人も助からない.この人は「一生刑務所か死刑」を望んでいるが,この罪状では有期刑は間違いない.生き直しをはかってほしいものである.
当然ながら,本件や前件での被害者の心情を考えるといたたまれないものがある.しかしながら,社会復帰後再犯をしてしまい報道されたりすると,さらにこの被害者の人たちに辛い記憶を蘇らせる.そういった意味でも再犯防止は重要だ.

死刑以外の刑罰には社会復帰があるのだから.無期懲役であっても仮釈放を目指している.従って,死刑以外の刑罰には,更生保護のアプローチが重要であると思う

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2013年11月 8日 (金)

最近の児童虐待死事件に思う〜児童虐待とフォレンジック・ソーシャルワーク〜

つい最近の幼児の実父による傷害致死被疑事件の報道で感じたことである.

本件発生前に傷害事件で送検されていて,かつ乳児院に被害児童は保護されている.しかし,傷害事件は不起訴となり立件されないまま終わった.

そして,被害児童を自宅に戻してから,しばらくしてこの事件が起きている.

被疑者はもとより,児童相談所や検察に対してもその対応について非難の声が上がっている.確かに特に児童相談所は手続き上の問題を含めて,その対応については疑問がないとはいえない.

しかし,この事件を防げたのは児童相談所の対応や傷害事件での刑事処分だけだったのだろうか?

傷害事件の際,司法だけではなく,また,児童福祉の立場ではなく,被疑者側の立場で再度こういったことが起きないような支援はできたのではないかと思っている.

我が国では,被疑者段階や被告人段階のソーシャルワークは,まだまだ根付いていない.しかし,児童虐待は社会のニーズであり,ソーシャルワークの導入で防げる可能性がある.被害児童の側はもとより,加害者側にもアプローチしないと片手落ちになる.

これは,加害者の味方をするという意味ではなく.まず被害者を保護し危険な状態を回避してから,本来戻るべき家庭を戻れるように構築するためのアプローチであって,あくまでも客観的に行われるもので,情状を炙りだしてダイバージョンを図るものではない.

何よりも,大切なのは児童が被害にあわないこと,しかし,特に加害者が実の親の場合,その児童にとって実の親は加害者であってもその親しかいないのだ.

本件は傷害致死で起訴されると思うが,起訴前の精神鑑定で終わらせるのではなく,社会学的検証つまりは,社会福祉学的な鑑定が判決前調査として行われるべきであると思う.


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2012年12月24日 (月)

ある女性の触法ケースから~児童福祉法第28条~

ある女性の被告人の支援をする中で,彼女の生活歴上の大きな出来事として児童福祉法第28条により実子が児童施設に措置されたというのがあった.

児童福祉法第28条は次の通りです.

第28条 保護者が,その児童を虐待し,著しくその監護を怠り,その他保護者に監護させることが著しく当該児童の福祉を害する場合において,第27条第1項第3号の措置を採ることが児童の親権を行う者又は未成年後見人の意に反するときは,都道府県は,次の各号の措置を採ることができる.

1 保護者が親権を行う者又は未成年後見人であるときは,家庭裁判所の承認を得て,第27条第1項第3号の措置を採ること.
2 保護者が親権を行う者又は未成年後見人でないときは,その児童を親権を行う者又は未成年後見人に引き渡すこと.ただしその児童の親権を行う者又は未成年後見人に引き渡すことが児童の福祉のため不適当であると認めるときは,家庭裁判所の承認を得て,第27条第1項第3号の措置を採ること.

第27条第1項第3号とは

児童を小規模住居型児童養育事業を行う者若しくは里親に委託し,又は乳児院,児童養護施設,障害児入所施設,情緒障害児短期治療施設若しくは児童自立支援施設に入所させること.

要は措置ですね.

28条事件にするということは,家裁の審判を申し立てるというものの強権的な手段を事実上児童相談所が行うということになりますから,親権というものに行政が深く関与することになります.もちろん,虐待されている子どもの生命や養育にかかわることは守らねばなりませんが,親権者の権利侵害にならないということも重要です.そういう意味では運用上慎重になるべきものでしょう.

彼女の場合,客観的にみて28条事件となったのは十分納得いくのですが,肝心の彼女が納得いっていません.もっとも,彼女が施設措置に了承していたら28条にはならなかったわけです.保護者が納得できないまま28条は適用されてしまうので,そういった点ではアフターフォローを図る必要性があると感じました.

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2012年3月17日 (土)

大阪2児餓死事件1審判決で思うことその2~お世話になっている記者の記事なので~

大阪市のマンションに3歳の長女と1歳の長男を閉じ込め餓死させたとして、殺人罪に問われた母親の被告(24)に対する裁判員裁判の判決が16日、大阪地裁であった。西田真基裁判長は下村被告に殺意があったと認定し「絶望の中、徐々に衰弱して命を絶たれた子供たちの苦しみは想像を絶する。むごいの一言に尽きる」と述べ、有期懲役では最高刑の懲役30年(求刑・無期懲役)を言い渡した。

 被告は殺意を否認したが、西田裁判長は「(自宅で2人の姿を最後に見た)10年6月9日の時点で、2人の子供が相当衰弱して生命の危険性が生じていることを被告も認識していた」と指摘。その後、被告が2人に多少の飲食物を与えただけで約50日間も外出を続けたことから「何ら生命を救うための手立てを講じることなく放置した」と述べ、被告の主張を退けた。

 また、ゴミと汚物があふれた部屋で迎えた2人の最期に触れ「これに匹敵する苦しみは他にない。その最中、現実から目を背けて複数の男性と遊興にふけるなど、被告の行動は非難に値する」と指弾した。

 一方で西田裁判長は、周囲の援助を受けていなかった被告の境遇に「仕事と育児に限界を覚え、孤立感を強めており、同情の余地がある」と一定の理解を示した。そして最後に「このような被害者が二度と出ないよう、社会全般が児童虐待の防止にいっそう努め、子育てに苦しむ親に協力することを願う」と言及した。

 判決によると、被告は10年6月9日、食事を与えなければ死亡する可能性が高いと認識しながら、長女、長男を大阪市の自宅から出られない状態にして放置し、同月下旬ごろに餓死させた。【牧野宏美】毎日新聞

「仕事と育児に限界を覚え、孤立感を強めており、同情の余地がある」と一定の理解を示した。そして最後に「このような被害者が二度と出ないよう、社会全般が児童虐待の防止にいっそう努め、子育てに苦しむ親に協力することを願う」

福祉関係者はこの言葉を真摯に受け止めるべきです。この事件が起きて以降も,虐待による子どもの死傷が続いています。被告人を懲役30年という有期刑の最長の刑にしたからといって,こういった事件がなくなるわけではありません。児童の虐待加害は,処罰されないだろうという仮定の下に行われているのです。

今こそ真のコミュニティーを形成していくべきかと思います。この被告人は殺人事件の被告人になるべくしてなったのではないと思っています。

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2011年9月 7日 (水)

児童虐待に思うこと

大阪府門真市で今年5月、生後間もない女児が変死する事件があり、大阪府警は7日、父親(25)と母親(22)=門真市、いずれも無職=の両容疑者を、傷害と傷害致死の疑いで逮捕したと発表した。両容疑者は「死亡したのは椅子から落ちたからではないか。殴ったりはしていない」と否認しているという。女児の体には数十カ所のあざがあり、府警は日常的な虐待があったとみて追及する。

また,児童虐待です。先だっての日本司法福祉学会で虐待についてのお話をききましたが,そのお話も踏まえたうえで,私の思うところです。

日本の場合,虐待事件おきると,どこかで事情があるんだと同情的な面があります。特に実母が加害者になっていると,「一番うっとおしい時期だから」「育児疲れ」「父親の非協力」「離婚した前夫の子だから」「ちょっとしつけがきつかっただけ」などなどです。

どんな事情や理由(たとえそれがしつけの範囲ということでも)あっても,児童が傷ついていれば被害者とみなすという考え方が重要かと思います。そして大人がアグレッシブに救いの手を差し伸べなければなりません。

虐待ではないかと疑った人が進んで通報し,児童相談所や警察が事情をきいてそうでなければ恨みっこなしでOK,それは虐待を防止するためだからといった風土が虐待を防止するのであろうと思います。

被虐待児童にとって,どのような家庭であっても自分の家庭で,離れたくない気持ちがあるのは当然で,そういった点からしても大人のアグレッシブな手当が必要なのです。

今の日本には,人の家のことには干渉してはいけないというのと,トラブルには近寄らない(虐待で無かったら大変なことになる)などということが,子どもの命よりも優先されているような気がします。

昔は,どこの子でも近所のおばちゃんやおっちゃんに怒られたものですが,反面,かわいがってもくれました。今は,それすらできない世の中になりましたね。

子どもを守れるようなコミュニティーがなくなってしまったことが,虐待の一番の原因かもしれません。

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